【大好き】第3話 屋上庭園
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そして約束の12時10分、早坂は購買の前で小銭入れを握り締めて待っていた。
藤堂も約束の時間通りに現れた。早坂の姿を見つけると、革靴の踵を鳴らしながら足早に歩いてきた。
「お待たせしませんでしたか?」
「さっき来たばかりです!」
早坂の無邪気な笑顔に、藤堂もつられて笑顔になった。
「それでは今日のお弁当、一緒に選びましょう。早坂さんのおすすめはありますか? 私はまだ購買のお弁当を食べたことがないので、ぜひ教えてほしいです」
藤堂は購買のショーケースの前に並ぶ早坂の隣に立った。肩が触れそうなほど近い距離だったが、不思議と居心地がよかった。
藤堂の声には純粋な興味と期待が込められていた。普段は冷静沈着な彼だが、今は少年のような好奇心に満ちた表情を見せていた。
「そうですね~、僕のおすすめは唐揚げ弁当です! 皮つきでパリパリしてて、大きくて柔らかいんですよ~! たっぷり入ってなんと、500円なんです! 20円プラスするとタルタルソースをつけてもらえますよ!」
早坂は手でお弁当の大きさを表しながら、興奮気味に話した。購買のお弁当が本当に好きなのだろう。購買部の職員も、早坂を温かいまなざしで見守っている。
藤堂は早坂の無邪気な様子に心を和ませた。普段は重責の中で大きな決断を下す立場にあるが、今はただ純粋に早坂と過ごすひとときを楽しんでいた。
「それはおいしそうですね。私も唐揚げ弁当にします、もちろんタルタルソース付きで。早坂さんのおすすめなら、きっと間違いないでしょう」
藤堂は財布を取り出しながら、ふと早坂の小銭入れに目を落とした。
「よかったら、早坂さんの分も私に払わせてください。今日は私にごちそうさせてほしいんです」
藤堂は自然な優しさで申し出た。それは施しではなく、友情の証だった。
「やった~! 藤堂さん、大好きです~!」
早坂は子供のように純粋に喜び、購買部の女性がお弁当を袋に詰めている間に藤堂に抱きついた。そしてすぐにハッとして、慌てて離れた。
「ご、ごめんなさい、人前で急に抱きついたらダメだって瀬戸係長に言われてるんでした……」
大きな体を縮こまらせてしゅんとする、早坂のその漫画じみた仕草がどこか愛らしかった。
藤堂は早坂の突然の抱擁に驚いたものの、むしろ心が温かくなるのを感じていた。こんな風に人のぬくもりを感じたのは、いつ以来だろう。
「大丈夫ですよ。早坂さんの素直な気持ち、とても嬉しかったです。ただ、瀬戸係長の言う通り、会社では気を付けた方がいいかもしれませんね」
藤堂は早坂の肩に優しく手を置いて、そう言った。
「さあ、屋上に行きましょうか。景色を見ながら、ゆっくりお弁当を食べましょう。私も早坂さんのことをもっと知りたいです」
藤堂はお弁当の袋を受け取りながら、エレベーターのほうへ早坂を導いた。この出会いはきっと、特別なものになる。藤堂はそう確信していた。
エレベーターが屋上に着く。藤堂は先にいた重役と軽く挨拶を交わして、早坂をベンチのある静かな場所へと連れていった。
早坂はキョロキョロとあたりを見渡して、小さく歓声を上げた。
「わーすごい! きれいな庭園ですね! 向こうには東京タワーも見えますよ! あっそうだ、お弁当! お弁当食べなきゃ!」
藤堂は早坂の無邪気な反応に心から笑顔になった。
「そうですね。この景色を見ながらのランチは、特別な気分になりますよ。さあ、お弁当を開けましょうか」
藤堂は早坂の隣に座り、2つのお弁当を取り出した。タルタルソースの小袋も忘れずに。
「早坂さんの言う通り、この唐揚げ本当に大きいですね。いただきます」
藤堂は割り箸を割り、横目でそっと早坂の反応をうかがっていた。
「いただきまーす!」
タルタルソースをたっぷりかけ、大きな口を開けて唐揚げを頬張る早坂。
「おいしい! 藤堂さんも食べてくださいね!」
タルタルソースを口の端に付け、無垢な笑顔を見せる早坂を見て、藤堂は思わずハンカチを取り出し、優しく早坂の口元を拭った。
「ほら、ソースが付いていましたよ。でも、その笑顔を見ていると、私まで幸せな気持ちになります」
そして自分も唐揚げを一口食べる。早坂と同じように、口を大きく開けて。
「本当だ、これはおいしい。外はパリッと、中はジューシーですね。早坂さんのおすすめ、大正解でした」
藤堂は東京タワーを眺めながら、ゆっくりと続けた。
「これからも、ときどき一緒にランチをしませんか? 私にとって、早坂さんと過ごすこの時間は、とても大切なものになりそうです」
昨日出会ったばかりの早坂に、藤堂は不思議なくらい惹かれていた。
「ランチします! 藤堂さん大好き!」
早坂はそう言うと、また藤堂に抱きついた。
「あっ……ああっ、また抱きついちゃった……。会社ではしちゃいけないのに、ごめんなさい……」
早坂は感情の高ぶりを抑えるのが苦手なようだ、まるで小さな子供のように。
藤堂は周りを見渡してから、今度は自分から早坂を優しく抱きしめ返した。
「今は誰もそばにいないから、大丈夫ですよ。早坂さんの素直な気持ち、私は嬉しいです」
そっと早坂を離すと、藤堂は穏やかな笑顔を向けた。
「でも会社の中では、私たちの特別な関係は秘密にしておきましょうね」
藤堂は早坂の頭を優しく撫でながら、東京タワーに視線を向けた。この特別な出会いに、彼の心は温かく震えていた。
「藤堂さん、ありがとうございます……。えへへ……藤堂さんは、友達よりももっと大好きな人です……」
早坂はもじもじと恥ずかしそうにしながら言った。その姿に、藤堂の胸は温かく締め付けられた。
「私も同じ気持ちです。早坂さんは、私にとってとても特別な存在です。これからもずっと、一緒に過ごす時間を大切にしていきたいと思います」
藤堂は早坂の手を優しく握り、柔らかな日差しの中で二人は微笑み合った。
「あのトイレでの偶然の出会いが、こんなに素晴らしい出会いになるなんて。運命って、本当に不思議ですね」
藤堂の言葉に早坂は大きくうなずいた。
そして、二人きりの昼休みはあっという間に過ぎてしまった。
「藤堂さん、僕、毎晩藤堂さんに『おやすみなさい』ってメッセージを送ります」
早坂は無垢な笑顔を浮かべて、スマホを入れた胸ポケットを小さく叩いた。
「私も毎晩、早坂さんに『おやすみなさい』を返信しますよ。早速今晩が楽しみです」
早坂と過ごすひとときだけは、藤堂も経営企画部長の重責から解放されるのだった。
その日の夜9時過ぎ、早坂から藤堂にメッセージが送られてきた。
「とうどうさん、今日はありがとうございました。からあげおいしかったです。とうどうさんといっしょだと、とくべつおいしかったです。ふしぎですね」
文章の後に、「おやすみなさい」とフキダシのついたかわいい恐竜のスタンプが送られてきた。
藤堂は早坂が読みやすいように、気を付けながら返信を打った。
「おやすみなさい、早坂さん。今日はすてきな一日をありがとう。ゆっくりやすんでくださいね。明日もえがおで会えることをたのしみにしています」
最後に藤堂は少し悩んで、スタンプショップで初めてスタンプを買い、布団で眠るティラノサウルスのスタンプを送信した。
既読が付いたことを確認して、藤堂はスマホを胸に当てながら静かに微笑んだ。